「芸術のための芸術(L'art pour l'art)」」チューリップ NACH 新作ご紹介☆二子玉川店
Moi, je suis la tulipe, une fleur de Hollande ;
Et telle est ma beauté, que l’avare Flamand
Paye un de mes oignons plus cher qu’un diamant,
Si mes fonds sont bien purs, si je suis droite et grande.
この詩はテオフィル・ゴーティエの詩『チューリップ』の冒頭の4行(第1連)です。
17世紀にオランダで起きた「チューリップ狂時代(チューリップ・バブル)」の歴史的背景を踏まえつつ、花の「高慢なまでのプライド」を表現しています。
私はチューリップ、オランダの花。
私の美しさは、欲深いフラマン人が
たった一つの球根に、ダイヤモンドより高い値を付けるほど。
(ただし、底の色が一点の曇りもなく、私がまっすぐ気高く伸びていればの話だが。)
L’avare Flamand(欲深いフラマン人)
「フラマン」とはベルギー北部からオランダにかけての地域(フランドル)の人々を指します。当時、チューリップの珍しい品種を求めて巨万の富を投じた投資家や収集家を、少し皮肉を込めて「欲深い(守銭奴の)」と形容しています。
Oignons(球根)
フランス語で「タマネギ」を意味する言葉ですが、植物学的には「球根」を指します。当時はたった1個の球根が家一軒分、あるいはそれ以上の価値(ダイヤモンド以上)で取引されることがありました。
Si mes fonds sont bien purs(もし私の底が十分に純粋なら)
チューリップの鑑定基準の話です。花びらの底(内側の中心部)の色が混じりけなく澄んでいるものが、当時は最高級品とされていました。
Droite et grande(まっすぐで、大きい)
物理的な形だけでなく、貴族のような「堂々とした立ち姿」を意味しています。
この4行の詩だけでチューリップが「ただの植物」ではなく特別な「宝石以上の価値を持つ芸術品」であることを語っていることが伝わってきますね。
最後の文節にはチューリップの気高さを現わしています。
庭のどんな花も私の輝きには及ばない。
けれど悲しいかな、自然は香りを注いでくれなかった。
中国の磁器のように形作られた、この私の杯(はなびら)の中に。
今回はメインのチューリップの他に3つのハートモチーフが縦に連なる、印象的なドロップピアスもリリースされました。 艶やかなグリーン、レオパード柄、ホワイトのハートがリズミカルに揺れ、耳元に遊び心と華やかさを添えます。
今回ご紹介したテオフィル・ゴーティエ(Théophile Gautier, 1811年 - 1872年)は、19世紀フランスの詩人、小説家、そして美術・演劇評論家です。
彼は、ロマン主義から出発しながらも、後に「芸術のための芸術(L'art pour l'art)」という理念を掲げ、パルナシアン(高踏派)の先駆者となった人物です。
ゴーティエの最も重要な功績は、「芸術は道徳や政治、実用性のためにあるのではなく、ただ『美』のために存在する」と主張したことです。
反・実用主義としても有名です。「役に立つものはすべて醜い」と断言し、芸術が何かの手段(教訓や社会批判)になることを強く拒絶しました。
完璧な形式美として感情をぶつけるよりも、彫刻のように磨き上げられた正確で美しい「言葉の形式」を重視した詩人です。高貴なチューリップをこの春にぜひコーディネートのに取り入れてみてはいかがでしょうか。
【二子玉川ブログ執筆】 戒田 格(かいだ いたる) 学習院大学大学院フランス文学博士前期修了。今年で二子玉川店6年目となります。 ぜひ遊びにおこしくださいませ!