モンテーニュが説く<真の贅沢>とスペインの手仕事 ☆二子玉川店【HEREU(ヘリュー)】
ちょっと今日は450年前に書かれた16世紀のモンテーニュの『エセー』からHEREU(ヘリュー)の職人の確かな手仕事(クラフトマンシップ)と、スペインの陽光を感じさせるような、自由な空気感について徒然なるままに語ってみたいと思います。
今回は「第43章『贅沢を取り締まる法律について』をご紹介します。モンテーニュはこう綴っています。
« Changeons de fantaisie. »
(われわれの考え方(ファンタジー)を変えるがいい。)
彼は、贅沢を『高価なもの、稀少なもの』と定義する世間の物差しを一度捨てて、自分自身の内側にある『空想(好み)』に価値基準を戻そうと提案しました。
たとえばブランドロゴの誇示や、過剰な装飾に頼るのではなく、そのモノ自体が持つ『美しさ』や『心地よさ』を自分の感性で選び取ること。これこそが、450年前に彼が予見した、現代における『真の贅沢』の姿ではないでしょうか。
モンテーニュは、高価なものや珍しいものを法律で禁じれば禁じるほど、人はそれを『希少なもの』として欲しがってしまうという、人間の心理をこの章では鋭く突いています。
流行を追いかけたり、ロゴの価値だけでモノを選んだり。そんな『既存の物差し』に囚われている私たちへの、450年前からの彼のメッセージのようにも聞こえます。
よく店頭で小さいバッグを手に取られるお客様は「可愛いけどこれってなにも入らないのよね~」と仰られます。よくある風景ともいえます。でもちょっとモンテーニュの視点から考えてみると違った視点が見えてきます。
小さなバッグが放つ「3つの贅沢」というものが垣間見れてきます。
それは「選別する」という知的な贅沢です。
ひとつは大きなバッグは何でも詰め込めますが、小さなバッグは「何を持たないか」を私たちに問いかけます。
ふたつ目は多くのモノ(贅沢品)を所有することではなく、自分にとって本当に必要な数点(スマホ、鍵、大事な書類)だけを厳選する。この「思考のプロセス」こそが、モンテーニュが説いている「自分のファンタジー(価値基準)」を確立する過程そのものではないでしょうか。
最後は「無用」を楽しむ余裕の贅沢です。
HEREUのミニバッグは、それ自体が彫刻のような美しさを持っています。
「たくさん入るから便利」という実用主義から離れ、「ただ、そこにあるだけで心が踊る」という感覚。モンテーニュは贅沢を禁じる法律を批判しましたが、それは人間が持つ「無用な美を愛でる自由(ファンタジー)」を奪うものだったからです。小さなバッグを持つことは、その自由を謳歌する行為ではないでしょうか。
もちろん、これ以上ないくらい沢山はいる大きなバッグも心の安心感を得られる素敵なものには違いありません。でも小さいバッグで気軽に出掛けたくなる時もあります。
大きなバッグにはないもの、それは「身軽さ」という精神の贅沢です。
中世やルネサンス期、貴族が小さな巾着(オーモニエール)しか持たなかったのは、重い荷物を持つ必要がないという「身分の象徴」でもありました。
現代において小さなバッグで街を歩くことは、物理的な重さだけでなく、社会的な役割や義務からも少しだけ身軽になり、「一人の人間として自由に歩く」という精神的なゆとりを象徴します。
« Changeons de fantaisie » — 自分だけの価値基準で選ぶ、HEREUの小さな贅沢もぜひお試しになってはいかがでしょうか。
モンテーニュの視点から今回はバッグについてでした。では次回までごきげんよう。
【二子玉川ブログ執筆】 戒田 格(かいだ いたる) 横浜在住。学習院大学大学院フランス文学博士前期修了。専門は19世紀に活躍した詩人のロートレアモンです。一見、ファッションとは対極にあるような文学の世界ですが、そこにある『強い意志』や『美への執着』は、私が店頭でご紹介する一点一点の商品にも通じていると現場で日々感じています。 (二子玉川店6年目)