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    装飾を剝ぎとった先に残るもの ☆二子玉川【JACK GOMME (ジャック・ゴム)】

    2026.05.12

    今回ご紹介するノーベル文学賞作家のアニー・エルノーの『場所』を読み進めていくと、そこには感情による修飾を拒絶した、剥き出しの事実だけが並んでいます。

    娘が労働者階級から知識人階級へと移り変わる中で、彼女が父との間に見出した距離。その距離を埋めるのは、感傷的な言葉ではなく、淡々と積み上げられた『記憶の場所』が描かれています。


    今回ご紹介するJack Gomme(ジャックゴム) のバッグに触れるとき、エルノーの特徴である『フラットな文体』を思い出します。

    1985年にパリで生まれたこのブランドが守り続けているのは、過剰な装飾ではなく、機能性と素材そのものが放つ、嘘のない質感です。今回はそんなパリの側面をこのバッグからみていきましょう。

    作品にある爪に刻まれた「階級」の記憶


    ​「父の指先、爪の縁には、いくら洗っても落ちない黒い筋が残っていた。それは、庭仕事や工場での労働が、長い年月をかけて皮膚の奥深くにまで書き込んだ履歴書のようなものだった。」


    ​エルノーにとって、父の爪の汚れは「不潔」の証ではなく、彼が知的な世界(娘のいる世界)とは別の、肉体的な現実の世界で生きてきたことの消えない刻印として描かれます。

    道具としての「硬い皮膚」


    ​「父の手は、冬になると深いひび割れをつくり、そこに汚れが入り込んでいた。その手は、何かを愛でるためというよりは、土を掘り、重いものを運び、道具を握りしめるために特化した、厚く硬い層に覆われていた。」
    ​ここでは、父の手が「表現する器官」ではなく、純粋な「労働の道具」であったことが強調されています。その無骨な質感こそが、彼の生きた『場所』そのものです。作品にはそんな細やかな描写に溢れています。

    ​「パンを切る時、父はパンを胸に押し当て、ナイフを手前に引くようにして切った。その指の動き、ナイフの扱い方には、かつて小作農として、あるいは労働者として、食べ物を慈しみ、かつ生きるために格闘してきた者の、身体に染み付いた習慣が露呈していた。」


    ​娘が教育を受け、洗練されたマナーを身につけていく一方で、父の手の動きだけは、彼がかつて属していた労働者階級の作法を裏切りようもなく示し続けてしまう。その対比が切なく描かれます。

    ジャックゴムのバッグに使われるポリウレタンやリネンは、ラグジュアリーな皮革とは異なり、どこか「工業的」で「実用的」な匂いがします。それを、エルノーが父の「無骨な手」に見たような、「飾らない真実の美しさ」です。


    ​「生活の道具」としてこのバッグは、着飾るためのアクセサリー的なものではなくそれ以上に、毎日を懸命に生きる私たちの『手』の延長線上にある道具ともいえます。

    少しだけハイライトになる原文を紐解いてみましょう。

    « Sous ses ongles, la cerne noire, indélébile, du travail de la terre ou de l'usine. »
    (爪の下には、土仕事や工場での労働による、消えることのない黒い縁取りがあった。)

    ​indélébile(消すことのできない) という言葉が、どれほど洗っても落ちない、肉体に染み付いた労働の重みを強調しています。

    ​« Ses mains étaient crevassées de fentes profondes où la saleté s'incrustait. »
    (彼の手は深いひび割れだらけで、そこには汚れがこびりついていた。)

    ​s'incrustait(こびりつく、はまり込む) という動詞が、労働の痕跡がもはや皮膚の一部となってしまっている様子を冷徹に伝えています。

    エルノーが父の手に見た「嘘のない事実」と、ジャックゴムの「装飾を削ぎ落とした素材の真実」は見事に調和していると感じます。

    装飾を剝ぎ取ったその先にあるこのバッグ。ぜひご来店になってその感触を感じてみてはいかがでしょうか。


    【二子玉川ブログ執筆】 戒田 格(かいだ いたる) 横浜在住。学習院大学大学院フランス文学博士前期修了。専門は19世紀に活躍した詩人のロートレアモンです。一見、ファッションとは対極にあるような文学の世界ですが、そこにある『強い意志』や『美への執着』は、私が店頭でご紹介する一点一点の商品にも通じていると現場で日々感じています。 休日はフランス15世紀の発祥のマルセイユ版のタロット占いと研究をしています。 (二子玉川店6年目)

    先日ジャン・ノブレ(Jean Noblet)版のタロットを購入してみました。これは1650年頃のパリで作られた、現存する最古のマルセイユ・タロットの一つとして非常に価値の高いものです。時代で言うとルイ14世太陽王の頃です。原本はフランス国立図書館に所蔵されている由緒あるものです。入手が難しくコレクションの一つになって嬉しいです。

    フランスは現代でも「階級社会」の側面が強く残る国です。今回のブログはエルノーが描いた慎ましやかな「場所」とルイ14世(太陽王)が君臨したヴェルサイユ宮殿という「場所」などのコントラストをも見られます。
    ジャックゴムのバッグが持つ「どんな階級にも属さない、あるいはどこにでも行ける軽さの自由」、そんな対比が伝わればと思いご紹介してみました。

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