メタルに刻む想い | SERGE THORAVAL マレのアトリエから
パリ・マレ地区に佇む、SERGE THORAVAL(セルジュ・トラヴァル)のショップ兼アトリエ。
時を重ねた素材、職人の手仕事、人との深い結びつき──静かな空間に刻まれた、ブランドの哲学と“私のパリ”を辿る。
SERGE THORAVAL マレのアトリエ探訪
SERGE THORAVALのブティック外観。
―時を重ねた素材が語る空気
SERGE THORAVALのショップ兼アトリエは、パリ・マレ地区の一角にある。柔らかな自然光が差し込む空間には、メタルとガラスが織りなす静かな緊張感が漂っている。内装の多くは、以前のアトリエから持ち込んだ什器や間仕切りをアップサイクルしたもの。1980年代から使い続けられてきた鋼は、30年以上の歳月を経て自然に酸化し、深みのある表情をまとっている。その佇まいは、意図的につくられた“古さ”ではなく、ブランドが歩んできた時間そのものだ。
SERGE THORAVALのショップ兼アトリエは、パリ・マレ地区の一角にある。柔らかな自然光が差し込む空間には、メタルとガラスが織りなす静かな緊張感が漂っている。内装の多くは、以前のアトリエから持ち込んだ什器や間仕切りをアップサイクルしたもの。1980年代から使い続けられてきた鋼は、30年以上の歳月を経て自然に酸化し、深みのある表情をまとっている。その佇まいは、意図的につくられた“古さ”ではなく、ブランドが歩んできた時間そのものだ。
柔らかく差し込む自然光が心地よい、ブティックスペース。
抜け感のあるガラスと重厚なメタルのコントラストが、インダストリアルでありながらどこか温もりのある空気を生み出す。この場所そのものが、SERGE THORAVALの歴史を静かに物語っていた。
SERGE THORAVALアトリエ内にあるショールーム側の外観。
間仕切りや扉に使用したメタル部分は、全て1980年代に使用していたものをアップサイクル。
店内を案内してくれた、クリエイティブディレクターのロック・トラヴァル。
日本文化にも造詣が深いロック。この時期は和紙をディスプレイに活用していた。
ディスプレイを整えるロック。
―無骨な音が重なり合う、手仕事の現場
中庭から心地よい風が流れ込むアトリエでは、職人たちが黙々と作業を続けている。金槌を振るう乾いた音、刻印を打ち込む低い衝撃音、研磨機の唸り──それらが重なり合い、作業場全体に無骨なリズムを刻む。
ここでは、直接メタルを叩く伝統的な製法と、シリコン型を用いる製法を巧みに使い分けている。どの工程にも必ず人の手が介在し、機械では再現できない“揺らぎ”が残される。たとえば、ファセットを三度打ち込む工程。同じ動作を繰り返しているように見えても、力の入り方や角度はわずかに異なり、同じ形は二度と生まれない。一打ごとに刻まれていくのは、職人それぞれの「手の記憶」だ。
中庭から心地よい風が流れ込むアトリエでは、職人たちが黙々と作業を続けている。金槌を振るう乾いた音、刻印を打ち込む低い衝撃音、研磨機の唸り──それらが重なり合い、作業場全体に無骨なリズムを刻む。
ここでは、直接メタルを叩く伝統的な製法と、シリコン型を用いる製法を巧みに使い分けている。どの工程にも必ず人の手が介在し、機械では再現できない“揺らぎ”が残される。たとえば、ファセットを三度打ち込む工程。同じ動作を繰り返しているように見えても、力の入り方や角度はわずかに異なり、同じ形は二度と生まれない。一打ごとに刻まれていくのは、職人それぞれの「手の記憶」だ。
4名の男性が黙々と作業する工場。それぞれが、マルチに様々な工程を請け負っている。
紐上のメタルを直接叩き、ジュエリーを形成していく作業。
複雑なデザインはシリコンの型を用いて制作することも。
メタルの輝きには欠かせない、研磨作業スペース。セラミックと鋼のビーズも研磨の道具。
研磨しすぎるとメタルを傷めてしまうため、繊細な作業。
リスペクトが支える、変わらない哲学
―「一番大事なのは、人とのつながりとリスペクト」
そう語るのは、クリエイティブディレクター、ロック・トラヴァル。アトリエには、最も長い職人で28年というキャリアを持つメンバーもいる。ここには単なる労使関係ではなく、年齢や役職を超えた相互の敬意が存在し、それがものづくりの土台となっている。先代セルジュ・トラヴァルから受け継いだのは、手仕事への深い愛情と、失われつつある技法を守り続けるという使命感。職人一人ひとりの指先が生み出す温度や力加減は、そのままジュエリーの表情となり、同じものは二つと存在しない。
そう語るのは、クリエイティブディレクター、ロック・トラヴァル。アトリエには、最も長い職人で28年というキャリアを持つメンバーもいる。ここには単なる労使関係ではなく、年齢や役職を超えた相互の敬意が存在し、それがものづくりの土台となっている。先代セルジュ・トラヴァルから受け継いだのは、手仕事への深い愛情と、失われつつある技法を守り続けるという使命感。職人一人ひとりの指先が生み出す温度や力加減は、そのままジュエリーの表情となり、同じものは二つと存在しない。
―「会社」ではなく「人」として──H.P.FRANCEとの30年
人と人とのつながりにリスペクトを置くSERGE THORAVALのスピリットは、こんなエピソードからも垣間見れる。H.P.FRANCEとSERGE THORAVALの30年にも及ぶ関係を振り返ると、ロックの記憶に浮かぶのは、会社同士の出来事ではなく、常に「人」の顔だと口にした。自身がクリエイティブディレクターに就任してからは12年になるが、それ以前から、H.P.FRANCEは人生の中に自然と存在していたと語ってくれた。最初の思い出は、彼が20歳の時にH.P.FRANCEのニューヨーク・ブティックで研修生として過ごした時間。「思い出すと、優しい気持ちになるんです」とロックは静かに語り、仕事の枠組みを超えた関係が、長い時間をかけて築かれてきたことが感じ取れた。
人と人とのつながりにリスペクトを置くSERGE THORAVALのスピリットは、こんなエピソードからも垣間見れる。H.P.FRANCEとSERGE THORAVALの30年にも及ぶ関係を振り返ると、ロックの記憶に浮かぶのは、会社同士の出来事ではなく、常に「人」の顔だと口にした。自身がクリエイティブディレクターに就任してからは12年になるが、それ以前から、H.P.FRANCEは人生の中に自然と存在していたと語ってくれた。最初の思い出は、彼が20歳の時にH.P.FRANCEのニューヨーク・ブティックで研修生として過ごした時間。「思い出すと、優しい気持ちになるんです」とロックは静かに語り、仕事の枠組みを超えた関係が、長い時間をかけて築かれてきたことが感じ取れた。
女性スタッフたちが細かい仕上げ作業や、梱包作業を行うスペース。
Mon Paris──私のパリ、私の居場所
―パリ3区への深い愛情
ロックにとって、「Mon Paris(私のパリ)」と呼べる場所と言えば、迷いなくパリ3区だという。生まれ育ったブルターニュ通り周辺は、どの通りも身体で覚えているほど馴染み深い。若い頃は建物の中を探検するように歩き回り、バカンスで街を離れても、3区に戻ると「家に帰ってきた」と感じるという。
現在のショップ兼アトリエがマレ地区にできてからは、今年で4年目を迎える。騒音を気にせず作業ができる場所を求め、40か所近くを巡った末に出会った、かつて印刷工場だったこの空間。自宅からも徒歩10分ほどで、息子が通う学校も近い。仕事と暮らしが無理なく重なり合う、日常の延長線上にある場所だ。
ロックにとって、「Mon Paris(私のパリ)」と呼べる場所と言えば、迷いなくパリ3区だという。生まれ育ったブルターニュ通り周辺は、どの通りも身体で覚えているほど馴染み深い。若い頃は建物の中を探検するように歩き回り、バカンスで街を離れても、3区に戻ると「家に帰ってきた」と感じるという。
現在のショップ兼アトリエがマレ地区にできてからは、今年で4年目を迎える。騒音を気にせず作業ができる場所を求め、40か所近くを巡った末に出会った、かつて印刷工場だったこの空間。自宅からも徒歩10分ほどで、息子が通う学校も近い。仕事と暮らしが無理なく重なり合う、日常の延長線上にある場所だ。
アトリエ敷地内の中庭。
お洒落なブティックやアートギャラリーが並ぶマレ地区。
パリという街、そして3区という場所。そこに流れる時間と空気が、SERGE THORAVALのジュエリーに宿る言葉と静かな強さを、今日も育み続けている。